栄養士からのエアメール

 毎月、アメリカで活躍する日本の栄養士さんに、職場の様子や食と栄養のトレンド、栄養指導に役立つ書籍やツールなどを写真と共に紹介していただく新コーナー。トップバッターは、会員サイトの「海外で活躍する栄養士」でお馴染みの、カリフォルニア州立工科大学、食品科学・栄養各部教授の渡部まどかさんにご登場いただきます。渡部まどかさんには一年間にわたって、アメリカの最新情報をレポートしていただきます。
■第一回 私の生い立ち
■第二回 私の職場 California Polytechnic State University
■第三回 私の職場 キャンパス内のレストラン&カフェ
■第四回 アメリカで流行のダイエット
■第五回 自然食品店
■第六回 アメリカで今、流行のL.A. Shape Diet
■第七回 フェアトレード・チョコレート
第一回 私の生い立ち
 日本の皆さん、こんにちは。今月から一年間、アメリカの情報をお届けする渡部まどかです。私の故郷でもある日本の皆さんに、インターネットを通じてお話できることをとても楽しみにしています。

まず、はじめに自己紹介を兼ねて、私がなぜアメリカで30年間も生活することになったのかをお話したいと思います。  私は、1945年に叔父が医師として勤めていた韓国(ソウル)の病院で生まれました。幼少時代を宇都宮や日光、東京などで過したお陰で、田舎暮らしと都会生活の両方の良さを体験することができました。

 日本で育ったものの、ミッション系の学校で教育を受けた母の影響で、大学に入るまで日本の教科書や小説を読んだことはありませんでした。  慶応義塾大学法学部に入学した後、2年生の途中で奨学金を受けてネブラスカ州の小さな大学に転校しました。そこで夫となるMikeと出会い、大学3年生の終わりに結婚。在学中に軍隊に入隊した夫のベトナム赴任に伴い、1年間ベトナムで生活をし、長女のMariko Anneを生んだのです。その後、夫が大学に戻るためイリノイ州に移り、次女のMichiko Leeが生まれました。

 子どもが生まれてから13年間家庭を切り盛りしていましたが、子どもから手が離れたの機に、イリノイ州立大学で修士課程を修了すると同時に、米国栄養士会認定の登録栄養士(RD)の資格を取得しました。卒業後はフードサービス・ディレクターとして老人ホームで1年間働き、その後大学で教鞭を執ることになりました。  イリノイ州立大学では、フードサービス・マネージメントの授業を担当する傍ら、米国栄養士会認定のインターンシップ・プログラムの学生25人(年間)の指導教官もつとめました。やる気満々の学生と過す日々は、私にとってかけがえのない時間でした。またこの間、夜間と週末を利用してPepperdine大学にも通い、2年間かけてInstitutional Managementの博士号を取得しました。

 イリノイ州立大学での仕事に大変満足していたものの、組織変更などがあり、1993年にカリフォルニア工科大学に移り、現在は、フードサービス(主に病院)や栄養士のキャリアについての授業を教えています。  また、1996〜97年と2002年〜2003年にかけて、姉妹校の早稲田大学に20名近いアメリカ人留学生を引率し、日本の文化交流のためのコーディネートなども行っています。日本では、芝浦工業大学や東京学芸大学の先生方と共同研究を行う機会にも恵まれ、実り多い時間を過すことができました。

 大学が休みの時は、読書をしたり、再婚した夫のJohn(インターネットで知り合いました)とキャンピングカーに乗って、ハイキングなどを楽しんでいます。 来月は、カリフォルニア工科大学での私の仕事について、もう少し詳しくお話しましょう。それでは、また
 カルフォルニア州、サンルイ・オビスポののどかな風景
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